人類働態学会第33回大会(1998月6月13・14日,福岡)

抄録


前屈・起き上がり動作における体幹と骨盤の動き
山内朋子(帝都高速度鉄道営団),岡田守彦(筑波大)

 腰痛障害の誘因とされる直立位からの前屈・起き上がり動作時における頚胸部,腰部,殿部の運動を,ビデオ側面画像を用いて健常男子6名について分析した.その結果,これらの動作がトルソー全体の運動としてはきわめて滑らかに進行し,個人差も小さいのに対して,上体と骨盤はそれぞれが階段状に動きつつ,相補的に振る舞っていること,その振る舞いには個人差が大きいこと,さらに起き上がり時に,必ずしも従来言われているように,骨盤の回転が先行するわけではないこと,などがわかった.

反動付きスイングは打球の速度や正確性の影響を及ぼすか
市丸直人,石井 勝(福岡教育大)

 打撃は野球の戦術的な面からみて,ゲームの勝敗を左右する大きな要因の一つである.その打撃による打球速度の違いにより安打となる確率は変化するが,野球の競技としての特性上,必ずしも速い打球の方が遅い打球に比べて優位であるとは限らない.しかし,安打となるためには速い打球の方がより高い可能性を秘めていることも事実であろう.従って,優れたプレーヤーにとって速い打球を打つ技能を有することは重要な要素であるといえる.今回,その方法を探る試みの一つとして,打撃方法の違いにより打球の速度に変化が生じるかどうか検討するために,野球を専門的に行っている大学生を対象に実施してみたので報告する.

背板はフィッテイングによって楽に背負えるか(第二報)―筋電図による評価―
河原雅典・佐藤陽彦(九州芸工大)

 中国山地の西端に位置する山口県玖珂郡錦町で現在でも使用されている背負い梯子「背板」について研究を行っている.昨年第32回大会で,この地の人々はおよそ仙骨上で加重を支持していること,そして決して腰椎上では加重を支持しないことを明らかにした.続いて昨年西日本地方大会では,良いとされている背負い方と禁忌されている背負い方,つまり加重支持位置が仙骨上にある場合と腰椎上にある場合をエネルギー消費の観点から実験的に比較した.その結果,仙骨上で加重支持をすればエネルギー消費が少ない,つまり楽に背負えることが得られた.今回は,このときの各筋の働きを筋電図によって評価する.

模擬きのこ摘み作業時の表面筋電図の変化
大箸純也(九州芸工大),Kurt Jorgensen(August Krogh Institute),Pernille K. Nielsen(NIOH in Denmark)

 成人女性の模擬きのこ摘みの作業における表面筋電図の変化を調べた.表面筋電図は僧帽筋,棘下筋,三角筋肩峰部,左右の脊柱起立筋から,作業中,および規定した1分間の姿勢保持(テスト収縮)時に導出した.きのこ摘み作業は1時間行なった.やや強い疲労感も生じたが,披験者間で,疲労感の程度および,部位の差が大きかった.テスト収縮での頚肩部の筋電図のみから,作業による振幅の増加と徐波化が見られたが,個人間の疲労の程度差と変化量は関連しなかった.作業条件による疲労感の違いを表面筋電図の変化と関連付けれなかった.腰部の疲労感は被験者間の差が大きく,脊柱起立筋の筋電図は作業によって速波化する例が多かった.

20-99歳男女における大腿部組成と筋力の年齢変化について
佐藤 広徳(広島工大),佐藤 美紀子(水戸病院),三浦 朗,福場 良之(広島女子大),佐藤 陽彦(九州芸工大)

 本研究は,20歳から99歳までの成人男女223名を対象に大腿部横断面画像の撮影と膝間節伸展・屈曲における当尺性最大筋力測定を行い,年齢に伴う大腿部組成や筋力の変化について検討した.大腿部筋群横断面積は,男性では,60歳代以降,女性では70歳代から低下が見られたが,女性は年齢による変化はみられなかった.また,屈曲力においては男女とも40歳代から緩やかに減少する傾向が見られた.筋横断面積に対する筋力の比は伸展・屈曲とも男性は,50歳代頃から徐々に減少していく傾向が見られたが,女性はどちらも年齢による変化が見られなかった.

有酸素性片足駆動ペダリング・トレーニングが下肢組成に及ぼす影響
三浦 朗・山本直美(広島女子大),佐藤広徳(広島工大),福場良之(広島女子大)

 本研究では片脚の有酸素性ベダリング・トレーニングによって,トレーニング脚の大腿部皮下脂肪が選択的に減少するか否かを確かめた.被験者は女子大生8名(21〜23歳)であった.トレーニングは,自転車エルゴメータを用い,40%V02maxの強度で60分間,週3回,12週問であった.トレーニング前後における両脚大腿部横断面の超音波映像を撮影し,脂肪,筋および骨それぞれの横断面積を算出した.片脚ランプ負荷テストにおけるトレーニング脚の運動継続時間は,非トレーニング脚より有意に延長した.片脚トレーニングによって両大腿部の脂肪断面積が減る傾向にあったが,トレーニング脚と非トレーニングに有意な差はみられなかった.

低圧シミュレーターを用いた高所順応トレーニングの有効性について
低圧シミュレーターを用いた高所順応トレーニングの有効性について

 高所に赴く登山家や一般人を対象に高所障害の予防・軽減や高所パフォーマンスの向上を目的として,低圧シミュレーターを用いた高所順応トレーニングを以下の3隊に対して実施し,興味ある結果が得られたので報告する.1)カラコルム山系の4,500m前後までのトレッキングを行う一般中高生男女各3人,2)ムスターグアタ峰(7,546m)登頂を目指す一般登山家12人,及ぴ3)チョモランマ峰登頂を目指す9人に対する高所順応トレーニング.同トレーニングの結果,高所順応トレーニングは酸素運搬系を改善させ,高所身体パフォーマンス向上や高所障害の低減に寄与する可能性や同トレーニングの有効性を示唆しているものと考えられ た.

BMI(カウプ指数)適用上の間題点
石井勝(福岡教育大)

 Body Mass Index(BMI,カウプ指数)は,日本保険医学会,日本肥満学会等で,肥満を判定する最適な指標として推薦されている.しかしながら,BMIは成長期にあっては,幼児期を除き,年齢とともに大きく変化することは良く知られている.この理由はBMIが,体重(容積の次元量)を身長の2乗(面積の次元量)で割ることにより求められることに起因すると考えられる.すなわち,BMIが年齢に依存性があることの本質は,体格(サイズ)に依存性があることを反映しているに過ぎない.したがって,BMIは成長期のみならず,成人にあっても,体格や性差によって,適用上の問題点が想定される.

国家なき社会の倫理と秩序:ユーラシアを貫くマレビト思想
山本和彦(九州芸工大)

 険しい山脈−が,アドリア海に沿って,ボスニアからアルバニアまでバルカン半島を斜めに貫いている.このディナル・アルプスの一角を占める北部アルバニア山岳地帯に,第二次世界大戦終結まで部族社会が存在した.北部アルバニアの諸部族は,強固な血族共同体のもとに自治的部族社会を維持してきたが,エンベル・ホッジャ政権の誕生とともに,ヨーロッパ最後の部族社会は解体された.北部アルバニアの人々は,口承される習慣法(掟)−カヌン(kanun)に従い,社会秩序を維持してきた.カヌンの特色は,秩序維持の制裁手段として,「復讐」を是認することである.復讐は殺人に帰結するが,カヌンに規定される復讐は,明確な論理観念に支えられる.客人(マレビト)を神と見なし,共食は聖なる儀式と考え,死者の血(死霊)を恐れ,言葉の威力(言霊)進信仰からなるペイガニズム世界のそれである.カヌンに類似した「復讐の掟」を有する未開社会が,世界各地に存在する.未開社会は,血族共同体を基礎とする,明確な公的権力構造を持たないsegmentary, acephalous lineage societyである.司法制度を持たない未開社会は,復讐の無限連鎖を生じる無秩序の兆候としての暴力ではなく,暴力を封印する聖なる力として機能する.本論では,公的権力構造なき社会の特質と,秩序を形成する威力の成立と意義を,ユーラシアを貫くマレビト思想を軸に考察する.

作業姿勢評価についての一考察一ナス収穫作業について
菊池豊・石川文武(生物系特定産業技術研究推進機構)

 作業姿勢を評価し改善の資料とすることを目的としてナスの土耕栽培(慣行栽培法),水耕栽培における収穫作業時の3人の体幹,左右上腕,左右前腕,右大腿,右下腿の傾斜角度を簡易姿勢記録装置で測定した.試験後,一部の試験区で腰部の疲労がみられた.その区の体幹の傾斜角度を分析すると,深い前傾姿勢の頻度が多かった,また,その姿勢持続時問も長く,同時に腰部のひねりも多かった.また,右掌の作業点を推定した結果,腰より下側や比較的遠くへ掌を伸ばしている頻度が多かった.姿勢改善のためには,着果位置を制御する栽培方法,作業台車の導入が望まれる.

道路案内標識を見た人の働態
堀野定雄(神奈川大),小木和孝(労働科学研究所),岸田孝弥(高崎経済大),山岡俊樹(東芝デザインセンタ),森みどり(神奈川大)

 道路案内標識を「見た」利用者は運転行動にどう反映するのだろうか.平面交差と言う変則構造ゆえ通行規制をした高速道路で追突事故が多発した.道路管理者は集中的・多様な案内標識を設置した.しかし,事故防止と規制徹底の意図に反して利用者は実は「見ていない」らしく効果はなかった.標識は適正な情報量 ・簡潔な情報階層化・行動誘導表示と適切なタイミング・文脈性維持が利用者働態に深く係わっている事が判明した.利用者は表示があれば「見る」のではなくタスクの内容と環境に整合し利用者働態に対応した支援情報を選択的に受容している事が判った.


働態観点から見た道路案内標識の評価

小木和孝(労働科学研究所),堀野定雄(神奈川大),岸田孝弥(高崎経済大),山岡俊樹(東芝デザインセンタ),森みどり(神奈川大)

 道路案内標識の利用者からみた使いやすさの評価軸を人間工学チェックリスト開発のための現場調査,模擬評価調査から検討した.標識内容の判読性や視認性のほかに,標識を現認する前後の運転状況からみた文脈的な分かりやすさと,情報判断に当たってのほどよい支援のよさが評価軸として重要なことが明らかになった.そうした視点のチェックリストを用いて,既設の案内標識を有効に評価し,具体的な改善に結びつけることができた.
いじめ間題の古今東西
草野勝彦(宮崎大)

 いじめ問題は古い時代から存在する問題で,多かれ少なかれどこの国でも見られる現象である.成長期のこどもが不適切な環境におかれた場合,子どもの不適応行動は,一つは無気力の方向へ,そしてもう一つは暴力の方向へと変化する.いじめ問題もその変化の一部と位置づけることができるが,最近のようないじめの多発,深刻化に直面した場合は,特に子どもの置かれている状況,そしてその状況をつくっている社会構造に目をむける必要がでてくる.本シンポジウムでは,いじめ問題を,子どもの生活環境の面,とりわけ,いじめ問題が少ない環境にあると思われる地域の状況を分析することを通して考えてみたい.

いじめのない子どもたちの世界〜シルクロードの子どもたちからのメッセージ〜<
横山正幸(福岡教育大)

 私は,この数年,中華人民共和国新彊ウイグル自治区の子ども達(シルクロードの子ども達)の生活を調査している.なぜ調べているのであろうか.それはウイグルの子ども達の世界では,不登校やいじめがほとんどないからである.皆,目を輝かせ,学校が大好きだと言う.「いじめ」という言葉を聞いても,その意味がよくわからない子さえいる.いじめがないからイメージできないのである.子ども達は皆優しく,表情は生き生きしている.この背景には幼い頃からの彼らの日々の生活や人間関係のあり方があると考えられる.このシンポジウムでは,これまでの調査で明らかになった事実を基に,そこから私達が学ぶべきことについて提言したい.

いじめと家族・地域社会〜インドネシアでの生活経験から
長曽我部博(宮崎市立赤江小学校)

 学校現場では,いじめる側にまわる子,いじめられる子の分析を通して,いじめ対策に当たっているが,いじめの現象は複雑で個人個人の問題に行き当る.しかし一方,この問題が,今なぜ顕在化しているのかを考えると,子どもが置かれている生活環境の不自然さに目がいってしまう.私は子どもの生活において重量なものが二つあると思う.一つは「遊び」であり,もう一つは「手伝い」である.私は一年間インドネシアで,学生生活を送った.その時の経験からこの二つが子どもの仲間関係や自立心に深く関わり,共生する態度を培っていることを強く感じた.本発表においては,いじめ問題をこの二つの活動との関わりにおいて論じてみたい.

IEA/ILO共同発行「アーゴノミクスチェックポイント」を教材としたグループ学習と学生の働態変化
堀野定雄・森みどり(神奈川大)

 工学部3年の必修科目「工業英語」の教材として見開き・図解入りの「アーゴノミック・チェックポイント」(1996)英語版を使用して2人1組のグループ学習における働態変化を継続的に観察・測定している.最も顕著な働態変化はグループ学習への肯定的反応で,面白い・楽しい,英語への働態変化,学生相互関係の意識変化等あり講義活性化に有効である.これは学生成果にも反映し「著者の意図を日本語で解説」という課題をこなす学生が増えた.辞書の短絡的和訳連鎖のC評価群が当初の60%から最終8回目には20%に減り,著者の意図を把握表現できるA評価群が0から20%に増えた.自主性を尊重しと過程重視の講義で若者は活性化する事が判った.

2連続夜勤を想定した際の中年者の睡眠構造について
佐々木 司(労働科学研究所),武藤敬子(東京電力),酒井一博(労働科学研究所)

 2連続する夜勤を想定し,それに関わる睡眠の睡眠構造を中年群(4名:45.3±4.2歳)と若者群(4名:19.3±1.0歳)で比較した.比較した睡眠は基準夜睡眠(7時間),模擬夜勤第1日目前の仮眠(2時間),模擬夜勤第1日目後の昼間睡眠(5時間),模擬夜勤第2日目後の昼間睡眠(7時間)であった.結果は,両群ともに模擬夜勤第2日目の昼間睡眠においてもレム睡眠の充分な回復が示されなかった.とりわけ中年群では,レム睡眠出現率が夜間睡眠の59.1%しか満たしておらず,ノンレム−レム睡眠バランスを著しく損なった睡眠であった.

クレーンオペレータの生活時間調査
出浦淑枝(コマツ),川上剛・酒井一博(労働科学研究所),井谷徹(名古屋市立大)

 クレーンオペレータの作業時間の実態調査から安全で快適な作業を行う改善基礎資料を得る為に生活時間調査を行った.調査は日常的に移動式クレーンを運転しているプロオペレータ9名に質問紙法で行い,睡眠・食事・作業・通勤時間を15分単位で1週間記入させた.同時に,疲労・休暇・作業に関する意見を求めた.この結果,平均的一日の生活時間構成は,睡眠6.6時間,通勤2.6時間,現場滞在8.9時間(うちクレーン作業5.6時間)であった.不定期に夜間作業があり,昼夜の連続作業による睡眠時間短縮は作業改善での注目点である.仕事の利点では,毎日違う現場に行ける,休暇が取り易い等があげられた.これらより改善方向の考察を行う.

看謹婦に求められる職業能力の実態調査 ―役職別・病院別の検討から―
森和夫(職業能力開発大学校),村本淳子(三重県立看護大)

 看護婦の職業生涯と職業能力とのかかわりを検討することによって,看護婦という職業人像と妥当な形成過程を明らかにできる.これまで看護婦の業務分析や看護婦の職務評価についての先行研究成果はあるが,看護婦に必要な職業能力という視点からの研究は少ない.本研究は看護婦に求められる職業能力の実態調査を行い,キャリアとしての役職別に,また,職場としての病院別に集計した.これによって特徴を明らかにし,看護婦の職業生涯の構築と職業能力の関係について論じようとした.この結果,キャリアが上昇すると直接的な看護に関する職業能力から間接的な分野へとシフトし,働きかけ対象も人から環境へとシフトすること,また,病院の性格と密接な関係を持つこと等が明らかになった.

作業者の欲求構造と職場適応に関する研究
関宏幸(流通経済大),木下英則・齋藤むら子(早稲田大)

 作業者の欲求構造の相違が,作業者の職場適応にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることを目的とした.調査対象は,飲食メーカーに勤務する作業者546名で,376名の有効回答を得た(有効回答率68.9%,平均年齢35.9±10.4歳).作業者の欲求,職業性ストレッサー,職務認識などの項目を有する作業に関する調 査票と東大式健康調査票を用い,自記式アンケート調査を行った.結果,作業者の欲求は,Maslowの唱える5欲求に加え,6欲求が抽出された.また,職場適応の因果モデルは,これら欲求構造の相違により異なることが示された.このことは,現場のマネジメントを考える際,作業者の欲求をより高次欲求へと刺激し,開拓することの必要性と有効性を示した.

近代日本における健康概念の変遷と健康増進策 −学童の健康診断と健康表彰を事例として−
丹羽さゆり(名古屋市立大)

 学童の健康診断は,体力・体位の評価を目的として明治11年に導入されて以来,疾病の発見等の健康管理の手段として発展してきている.一方,学童の健康診断制度の発展の過程において,学童に関する健康政策・健康増進策の普及を目的とした.健康表彰が実施されてきた.昭和5年から平成7年まで開催されていた,朝日新聞社主催の「健康優良児表彰」・「健康優良学校表彰」はその代表的なものである.これらの制度の変遷の中に,国あるいは国民の健康概念の変遷をみることができる.本報告では,学童の健康診断と健康表彰を事例として,近代以降の日本社会における健康概念の変遷と健康増進策について報告する.

近代アイヌ社会の変容と人口変動 −北海道目高地方O地区の事例−
葭田光三(目本大)

 明治以降のアイヌ社会の変化は,日本政府の植民地政策に基づいて来住した入植集団(和人)との接触と政府の様々な対アイヌ政策に起因するアイヌの伝統的生態系の崩壊に基づくものである.このアイヌ社会の変容を,アイヌの地縁集団である集落(コタン)の事例として観察した.対象集落は日高地方の0地区の集落である.対象集落の明治20年から昭和40年までの80年間の人口変動を復元し,社会変容との関連を観察,分析した.アイヌ社会の変容としては,生業,土地所有,家屋形態,儀礼,および政府の対アイヌ政策など,また,人口学的内容としては,人口と各種人口動態要因の推移,和人との通婚,養子慣例などについて報告する.

技は作法に始まる
肝付 邦憲(千葉工業大学)

 技は,作法に支えられている.試行錯誤を経て体系化された作業方法が作法である.これらを身につけないと手際にも無駄が生じ,円滑に作業が進行しない.「生兵法は大けがのもと」となる.熟練技能者は,こつと間を知り尽くしているだけではない.実体験の繰り返しで,作業姿勢と感覚作業域との位置関係を熟知している.気象条件が作業環境や手順に変化を与える.これに呼応して,作業への取り組みが修正される.攪乱が生じても,現状復帰が速やかである.作業手順は柔軟性に富み,緩急の間を自在に操る.安全性の保障は熱練技能形成の必要条件で,作法の習熟に端を発するという.安全を考えるときの「温故知新」となり得ないだろうか.


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