非正規雇用の占める割合の増加やジョブ型雇用への転換は,学校卒業後4月就職後は退職まで勤め上げるといった人生設計以外の多様性をもたらしています.また2019年の統計では雇用者数5,660万人中,非正規雇用者が2,165万人(38.3%)を占め,そのうち男性は65歳以上が206万人,女性は45-54歳が375万人でそれぞれ最多となっており,いわゆる高齢社会が反映されています.同年には経団連会長が日本型終身雇用の限界を唱え,新規採用スケジュールを4月一括採用から通年採用にする方針を出すなど,これからの就労を考える上で過去の経験則をそのまま通用させることは困難になりました.

 2019年に人類働態学会で開催した共生シンポジウムでは,トロント大学のジェフリーヒントン教授によるディープラーニング以降脚光を浴びる人工知能(AI)をとりあげ,小職もまた人工知能の変遷について紹介しました.すでに現在の私たちの生活の随所においてAIが用いられ,特に人間ができない仕事や避けたがる仕事を代替させることで,その恩恵を被りながら豊かな生活を享受しています.AIの利用は今後増えることはあっても減ることはないでしょうし,オックスフォード大学のフレイ教授とオズボーン教授の研究では今後20年以内に47%の職業が機械に置き換えられることで消滅するなどといった研究も発表されています.

 一人一人の働態はそれぞれに蓄積された経験と知識とスキルによって形成される哲学を反映しますから,昨今の就労環境に対して,人件費削減を目指した非正規雇用や機械化により一寸先は闇と思う人がいるかもしれませんし,産業構造の変革期にあってまだ見ぬ新しいビジネスに野心を燃やす人もいるでしょう.小職は根が楽観的なので,面倒な仕事を機械が代わってくれるならば趣味に興じる時間を増やせて嬉しいなどと思ったりもする一方,アカデミックボランタリに依存する学会の運営を機械に任せるまでにはもう少し時間がかかりそうです.

 ご存知の通り2020年は人類史上稀に見る災厄に見舞われたことで人類の生活は一変し,わからないことの方が多い疫病との対峙において,真偽問わず無数の情報が溢れる中,正解のない判断について一人一人の責任が問われる場面が多々発生しています.判断基準の一つとなる経験が全くない中で,今は一人一人が蓄積された知識とスキルを用いて必要な判断を下して行かなければなりません.学会もまた然りであり,成否の評価は後世に任せることにして,このありがたくない新しい時代の会長職をお引き受けするにあたり「安全」を金科玉条としながら,皆様の働態研究のお手伝いをさせていただく所存です.

 浅学非才の身でございますが会員の皆様のお力添えをいただきつつ微力を尽くします.これからも人類働態学会をどうぞよろしくお願いします.

2020年7月吉日  第26期人類働態学会 会長
                       
 加藤 麻樹
(早稲田大学人間科学学術院教授)






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